桜井郁子
関西建設研究交流集会は、建設政策研究所関西支所を事務局とする実行委員会の主催による集会で、民間・公務を問わず、建設にたずさわる幅広い人々が「どうなる?どうする?これからの建設産業~建設労働者が育つ産業を目指して~」をメインテーマに建設産業が抱える問題点と運動の方向性を話し合う場です。 集会の記念講演として、小西美術工藝社の社長、デービッド・アトキンソンさんのお話しを聞きました。 金融アナリストだったアトキンソンさんがなぜ日本の伝統工芸の会社の社長に?!という経緯などは、雑誌やいろいろなメディアでご存じの方も多いかも知れません。なので、ここでは細かい説明は省くとして、お聞きした中で感心したこと・改めて考えさせられたことなどを記録しておきたいと思います。 小西美術は日光東照宮の職人から出発した会社なので、東照宮の一連の建物の修復を手がけていらっしゃいます。国宝・重要文化財も含め、120棟くらいの建物が一つの山に集まっているのですが、ここでの改修予算が京都府の文化財予算に匹敵するのだそうです。お金をかけるということは、博物館的に保護・保存するということではありません。仕事として成り立つからこそ、若い人も育つし、380年続いたこれらの建物が今後も在り続けるための技術が伝わっていくことになります。そして何より観光都市として経済を潤す(関わる業種・人数が増える)ことにつながるので、きちんとお金が循環するのだそうです。欧米諸国の文化財予算の高さは、雇用拡大、技術伝承、経済効果などといったメリットがあってこそ。改めて「分析」して示してもらうと、「文化はビジネス」という考え方にも納得がいきます。自分自身を振り返ってみても、確かに「かつての美しさを取り戻しました」と言われると、「どんな技術?どんな色?」と実際に確かめに行きたくなりますしね。充分、立派な観光旅行です。 また観光客を馬鹿にしてはいけないともおっしゃいます。京都府の予算の低さは、外壁と屋根を主とした改修・保存活動のため、内装には費用が回っていないということです。でも、観光客は小汚い畳を見てどう思うのでしょうか?と問いかけます。日本の偉い先生ならば「わび・さび、味がある」と言うかも知れませんが、特に日本の文化に触れたくて来日する海外の観光客に、「しょぼいなぁ。この程度なのか」と思われても仕方ありません。畳の部屋が減ってきている現在の日本の住宅事情の中、畳職人はどんどん仕事が減って、こうした文化財級の建物をたまに請け負う程度では仕事を続けることができません。その先に何が待っているのか、自ずと答えが見えてきます。 若い人を採用することについての論理思考も明快です。職人がだんだん高齢化していくと、目が悪くなる・力が衰える・ずる賢くなるなどの原因でどうしても品質は低下すると考えていらっしゃいます。これまでの日本の給与形態で見れば、年齢が上がるにつれてどんどん給与も上がっていきましたが、やはりそうではない。高齢化で品質が落ちた分、給与を抑えてその分で若い人に入ってもらう。若い人が入ってくると、年配者にとってみれば孫みたいでかわいくって仕方がない。年配者のこれまでの経験を若手育成ということで力を注いでもらえる、そんなよい循環が生まれているのだそうです。若い人を育てるのは選択肢ではなく当たり前だと。 日本の愚痴社会にも苦言です。解決の努力はしているのだろうか?と。ここでもアナリストの本領発揮でした。例えば国産の漆について。国内の生産は岩手で600kg程度、中国からの輸入は50tというのが文化庁の決まりだったようです。理由はもちろん安いから。日本の行政に何かを言っても変えられる訳がない、という意見しか聞かれない中、漆を英語で言えばJapan、陶器はChinaというのに、なぜ漆を国産で揃えられないのか、徹底的に調べて現状を分析し、問題点を抽出し、解決策を示す、そんな資料を作ったのだそうです。日本の行政制度や文化庁と戦う気持ちで持っていった資料のおかげで、今年の4月1日からは文化財の修復に使う漆は国産100%と定められたそうです。 職人の正社員化、品質の確保、問題解決のための行動などなど、自分たちが誠意を見せれば応援してもらえるのだという実例を示してもらいました。売上が変わらない中で利益率の向上が実現しているのは「生産性をいかに上げるか」の努力の結果とのこと。それでも「楽しい・勉強になる・誇りになる」仕事で、職人たちの意識は向上し、生産性も上がっています。我が身を振り返って、工夫できることはないか、背筋をぴんっと伸ばしたくなったお話しでした。 会場からの帰り道、東寺の塔がひときわまぶしく見えました。